みき通信第43号


miki-043

震災復興・さらに難しい障がい者支援

自治体学校に参加し、大槌町の保健師さんの震災後の復興・地域の方々の生活を支える活動の話を聞きました。

大槌町は、町長をはじめ40人もの職員が犠牲となり、役場や公共施設を失い、行政機関が麻痺したといいます。「保健師とは、住民がより良く生きるために支援する仕事だが、震災後の初仕事は遺体安置所の確保という命を見送る仕事だった。自治体職員も被災者だが、住民の生命を守るため職員自身のモチベーションを保つ努力をした。

しかし、時には言いようのない怒りや脱力感に襲われる。災害を経験し、平常時から災害に備える力と体制の構築が課題と反省した。全国から560人もの保健師の支援を受け『保健師さんを待っていた』という住民の声に、今まで築あげた信頼関係、住民の生活を支える職種であったと再確認した。住民の生活再建を考えるうえで重要なのは、住民自らが行動を起こせるよう支援をすること、『生きる意欲と笑顔』を取り戻す支援である」と、何度も声を詰まらせながらも語られました。

分科会では、聴覚障害者は防災無線は聞こえず、ご近所や家族の方に引きずられるように逃げ延びたが、避難所には手話の出来る人はおらず、コミュニケーションが取れない。外見からは聴覚障害は分かりにくく更に自分の居場所がなくなった。など、視覚、聴覚、それぞれの障がい者グループホームの職員のかたが手話を交えて語られました。

福島で「被災地障がい支援センター」を立ち上げ支援を続けている方の、避難所を回り、被災地での障がい者の個人情報保護に阻まれながらも実態調査から始めて、仮設住宅の調査、交流サロンをオープンするなど、一歩づつ復活の為にみんなで活動してきた話。

また、今まで頑張って「育てて売る」と自分たちの仕事にしてきた野菜づくりは、原発事故で放射能に汚染され、畑では作業もできなくなり、障がい者が自立に向け動いていくにも、就労支援・相談が大きな課題だといいます。

東日本大震災から三年半、様々な課題が残され「復興」という言葉は重く、空地だけが残る場所が少なくありません。震災時、障がい者の死亡率は健常者の約二倍。多くの人が語る震災の現状は、コンピューターのシユミレーションではなく現実です。

葉山町も地域防災計画の見直しで、避難経路や避難所も見直されましたが、そこには出てこない問題もあります。語られた現実から私たちは学び、その声を生かしていかなくてはなりません。